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■ 個人的PC平成史 ■

特別寄稿
平成元年(1989)〜平成31年(2019)

2019/03/20
o-yam

●前書き

平成終了が近づいてきた。
パソコン関連はまさに激動の時代であった。最初から最期まで立ち会えそうなのでこの30年を振り返ってみよう。

パソコンを使って日記をつけ始めたのは1991年(平成3年)11月から。よってそれ以前は記憶に依存するので不正確である。
昔のメディアを漁れば何をしていたかの記録があるはずだが、MOに保存してある為簡単には読めない。。。

MO

MOが主流になる。そんな風に考えてた時期がありました。

●平成元年(1989)〜

1989〜1990年
日記を付けてないので不正確。写真でもあれば推測できるのだがデジカメすら存在してない時代なので記録が乏しい。

正月明け早々Emperor Hirohito dead。
BIG
昭和天皇は前年から体調不良が続き各種イベントは自粛自粛で半年くらい?沈んだ状態が続いていた。暗いムード正月を越したが7日に崩御。また大晦日が来たような感じだった。

「天皇が死んだ」と言う思いが頭をグルグル駆け回りながら自転車をこいで職場に向かった記憶がある。

当時定形の書類は全て印刷物で、日付は全て「昭和」「昭和」と書いてあったので「平成」に訂正しながら使ったものである。

当時使ってた機材は・・・・?
・Panasonic A1(MSX2)
・SHARP X68000ACE

BIGA1

BIGX68000 ACE



だったような気がする。PC9801UV2もあったかもしれない。
昭和の時代MSXからスタートし、X1系を経てこの辺にいきついたのであろう。98はまがりなりにもメインストリームだったので押さえておいたのかもしれない。もう忘れた。


インターネットは、まだ存在しておらずパソコン通信をやっていたような気がする。速度は1200bpsくらいか。(300ボーの時代は手を出してない)。NIFTY-serveと梁山泊と地元の草の根BBSを巡回していたような。

平成元年の年末にボーナスを叩いて
・PC-9801N(初代)
を購入。
BIGPC-9801N
HDD無し、モノクロ液晶

会社に持って行ってLotus1-2-3をドヤ顔で使っていた記憶。
当時計算は関数電卓オンリー。パラメータを変えれば瞬時に再計算結果が表示される表計算ソフトのパワーに職場の人間は度肝を抜かれていた。パソコンの有用性が認識され、仕事にパソコンを使うのが当たり前になっていった。

当時パソコンは事務所に1台あったがワードプロセッサ(ワープロ)としか使われていなかったような。専用のワープロはあって10BASE-2でLaserプリンタを共有

他の部署ではエバンジェリストがいたせいでMacintoshが勢力を伸ばしていた。

当時のMacは50万、100万が当たり前で欲しくてもとても個人で買えるようなシロモノではなかった。

平成2年11月
ボーナスを叩いて
・EPSON PC-386M
を購入。

BIG

※末期にはcyrix 486SLC(?)を買ってきて脅威のQFP 100pinハンダ付け作業を敢行した記憶がある。速くなったかどうかは定かではない。

●平成3年(1991年)〜
時代はDOSからWindowsへ。Windows/386をインストールしてタスクスイッチャとして活用。複数のDOSアプリを同時起動して切り替える事ができるようになり非常に画期的であった。まだMacの足元にも及ばないが。。。

2400bpsモデム、HDD購入。この頃からFDDの時代が終わりを告げつつあった。
MO(光磁気ディスク)も出てきてフロッピー100枚分の容量に驚愕したものである。(ドライブの価格もボーナス一回分と驚愕物だが)

BIGOMRON MODEM

この頃はまだインターネットも無く、暇だったので独学でプログラムを書いてみたりしていた。X68000で一行日記を付けるプログラムを書いたのが日記の始まりである。Linuxだと数行のスクリプト程度の物であるが。。。
日記データはテキストファイルから表計算にかわり今ではgoogleドライブの中。

仕事でUNIX systemVを使っていたのでネットワークとUNIXの基礎はこのあたりで覚えさせてもらった。変態テキストエディタviは今でも指が覚えている。
UNIXは既にマルチユーザ、マルチタスク、マルチウィンドウシステムを備えておりパソコンとは一線を画した機械であった。

BIG当時のUNIX機

平成4年2月
・APPLE MacintoshLC
Macがやっと手の届く価格になった。しかもモノクロではなくカラー。(過去のMacはモノクロが主流)

BIGMacintosh LC

漢字Talk6→System7の時代。

この頃初のCD-ROMドライブを購入。1枚のCD-ROMを隅から隅まで眺めたものである。

平成5年5月
Windows3.1発売。やっとMacの足元に追いついた。
この当たりから日電PC98系に陰りが見え始め、PC/AT互換機が浸透を始める。

平成5年12月
・EPSON 486GR
例によってボーナスを叩いて購入。初のビデオカード(シーラス・ロジック)を購入し、高解像度でwinosw3.1が動く用になった。


BIG

Excelの自作マクロで実験した所Macの数十倍の速さで動いたため、Macには見切りを付ける。

平成6年(1994年) AT互換機元年、インターネット元年

Windows3.1の恩恵によりPC/AT互換機と98系との境界が少なくなり、同じアプリケーションが動く環境が出来た。

同じソフトが動くのであれば、速い、安い、ハード/ソフト(ゲーム)が豊富なAT互換機の方が魅力的である。
年明け早々、近所のパソコン店に展示品処分として激安のPCがあったので速攻で購入

平成6年1月
初のAT互換機
・COMPAQ ProLinea 3/25zs

BIG

CPU intel 386SX/25MHz
メモリ 2MB(30Pin 1MSIMM X 2)
HDD 80MHDD(IDE)
ビデオ WD90C30
I/F 2S1P
付属品 106キーボード、マウス、DOS5

と、今となっては信じられないスペック。
しかし、メモリだけ追加した状態でWindows3.1がかなりの速度で動き驚愕した。また、SoundBlasterを付けたところ、これが喋りまくりで、カルチャーショックを受けた。

一気にAT互換機に傾倒し、パーツをバラで買ってきてパソコンを組立てるようになった。ビデオカードは当時最速のカノープス PowerWinodow928II/VLBを7万円以上の値段で購入。V-textなるソフト(ドライバ)を使い高精細DOS画面でパソコン通信をしていた。

この年の後半からインターネットがぼちぼち流行し始め、標準でTCP/IPを実装したWindowsNT3.5を購入し、インターネット接続を始める。モデムは海外製の14400bpsでダイヤルアップ。nt

当時メインで使っていたプロバイダはドルフィン。今も営業しているようでなによりである。

この時代はセキュリティもへったくれも無かった。NT3.5は標準でFTPサーバが起動していて近くのIPアドレスに繋げば相手の中身が丸見えとか。今となっては笑い話である。

●平成7年(1995) Windows95

この年の秋、ついにWindows95発売。当然0:00に並んで買った。

これによりMS-DOSの時代は終わり、新しい時代がやってきた。インターネットの普及とともにパソコンがビジネスや家庭で使い物になるようになった。Macと肩を並べたのである。

●平成8年(1996) デジカメ元年

初のデジカメ(FUJI DS-7)を購入。
今でこそスマホでパシャパシャ撮れるようになったが、全てはここからである。銀塩カメラか写ルンですで撮って写真屋で現像、印刷が不要になった。

BIG
ISDNの導入で通信がアナログからデジタルに変わり、安定した通信が出来るようになった。
BIGAterm IT-45

●平成9年(1997) ケータイ元年
初のケータイ電話NTTドコモ デジタルムーバ P201購入
ただし電話以外何も出来なかったのでそれほど使ってない。
BIG

PC用のLinuxも徐々に出てきつつあったが、まともに使えるしろものではなかった。

9801系は全て処分し、PC/AT互換機に一本化。日電自体もAT互換機を発売し、時代の流れを感じさせた。

●平成10年(1998) 液晶元年 常時接続元年
この頃はパソコンメーカに勤務していたので新しい情報やデバイスにいち早く接することができていた。

インターネットはフレッツISDNで常時接続の時代が到来。

初の液晶モニタ(13インチ)購入。
BIG
この頃はクロップアップを趣味としていた。セレロンとビデオカードはいくつ買ったか覚えていないレベル。

●平成11年(1999)

インターネット上に独自ドメインを立ち上げる。

●平成12年(2000) WIFI元年、iモード元年

WIFIが11bになって徐々に普及し始めた。これも出始めはセキュリティがザルで、道路を隔てた会社のWIFIに繋げば社内ネットワークが丸見えだった。

ブロードバンドがちらほらと世に出てきた。

ケータイに「iモード」が追加され単なる電話から情報機器に進化した。画面もカラーになった。

BIGdocomo d502

●平成13年(2001) ブロードバンド元年
21世紀。

ADSLの普及により途方も無い速度(1Mbps程度だが)を手に入れた。これは大きな大きな進歩だった。

WindowsはXPが出たが、Windows98に比べて遅いし使い勝手も悪かったためあまり使わなかった。

●平成14年(2002)

ハードウェアのスペックが向上したのでXPに乗り換える。
ブロードバンドのお陰でインターネットのコンテンツが飛躍的に進化する。

●平成15年(2003)
Linuxが実用的になってきてredhatで自宅サーバを構築。

ケータイにカメラが搭載された。

●平成16年(2004)
このあたりからwindowsに見切りを付け、徐々にLinuxに移行開始。
TurboLinux
Vine
LinuxMint6 〜現在に至る

ケータイにパケット定額が出始めた。
・au W22H購入
BIG
●平成17年(2005)〜平成21年(2009)
光ファイバによりインターネット回線の速度が劇的に向上

ケータイはガラパゴス化した以外大きな出来事はなかった。

WindowsはVISTAが出たので買ってみたが完全な駄作で使う気が失せた。メインの常用端末をLinuxに変更。VISTAを最期にwindowsのパッケージは買ってない。

この辺はつまらない時代だったのでデジカメに凝っていた。
●平成22年(2010) スマホ時代
時代が大きく動いた。
スマートフォン時代の到来である。

ゲームはもとより電話、デジカメ、新聞、ラジオ、テレビ、映画、雑誌、音楽、買い物、地図、調べもの
全てが手のひらの上で操れるようになり、パソコンが無くてもなんとかなる時代に突入。

・ipod touch
・au IS01
・SHARP 003SH

BIG
●平成23年(2011)〜平成26年(2014)
スマホ商売が無法地帯で一括0円キャッシュバック〇〇万円が横行
契約、解約、転売を繰り返しスマホが溢れかえる。

大型の「タブレット」なるカテゴリも出現

ケータイ乞食協奏曲も政府の指導が入って終焉を迎える

2012年あたりからMVNOサービスがスタート

Windowsは7で一旦持ち直したが続く8でまたも大失策。スマホやタブレットと無理やり融合させようとしたが支持を得られず終息
●平成27年(2015)〜平成31年(2019)
SIMフリー端末が発売
一般の電気店で端末だけ買えるようになった。

その後大きな変化はない。
今は次の飛躍に備えてエネルギーを溜めている。。。。と思いたい。


Windowsは10が出て一旦落ち着いたようにみえる。

ただし家庭内においてはスマートフォンやタブレットが普及しすぎてわざわざパソコンを使う事が激減している。

使うにしてもwindowsは不要。ゴミを寄せ集めてLinuxを入れれば十分である。この与太話を書いている端末のスペックは以下
・CPU intel core i7(初代)
・RAM 4GB×3枚 DDR3
・マザー 壊れたHPに入ってた物
・VIDEO GeForce GTX650Ti
・SSD 240GB
・ケース Gatewayと書いてある
・OS LinuxMint 18.3
・モニタ Lenovo UXGA 22.5吋

SSDとモニタのみ新品、その他は中古かゴミ
●まとめ
駆け足で平成を振り返ってみた。

大きかったのは

Windows
linux
インターネット
デジカメ
ブロードバンド、常時接続
光ファイバ
携帯電話
スマートフォン

であろう。
昭和とは比較にならないくらい激動の時代であった。
この記事のベースとなった「PC10年史」ではスマートフォンの出現を予見できていなかった。

次の時代は。。。
ビジネス系はwindowsが残っていそうな気がするがどうなるかは不明。昭和の時代にWindowsが無かったように、次の時代の覇者は分からない。google系が本命か。
appleは昭和の時代からマイペース。使いたい人だけ使えばいいよ、フフン的な。金持ち相手の商売も将来的に変わらないであろう。

そもそもINTEL系のプラットフォームも先が危うい。ARM系に変わっていくのではなかろうか。

通信速度は今現状特に困ってないのでこれ以上速度を上げる必要には駆られていない。同価格なら速いに越したことはないが、超高速スピードの恩恵を受けられるコンテンツ/アプリが存在していない。誰かが画期的な利用法を思いつくであろう。

有線は無くなってモバイル5Gが主流になるかも。

●後書き
次の時代の終わりにも立ち会えるのであろうか?平成の終わり頃には笑える事言ってたようなぁと言ってみたい。

たぶん20〜30年先
生きながらえている絵が描けない。永遠の眠りについている気がしないでもない。